2023年12月

クリスマスおめでとうございます。

危険な暑さの続いた夏から秋を経て暖冬へ、自然が変化する中にも幸いなクリスマスの季節となりました。
当教会のホームページへようこそ。私たちの教会の名前は「インマヌエル松山キリスト教会」と言いますが、この「インマヌエル」という名前は、『新約聖書』の「マタイの福音書」1章23節に出て来ます。

“「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。”
マタイの福音書 1章 23節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

この「インマヌエル」という言葉から、いくつかのことを考えてみたいと思います。

「インマヌエル」・・・神が私たちとともにおられる恵み(その一)。
それは、目に見えない神が人間のように肉体をとってくださったということです。この事実を「神の受肉」と言います。「神を見せてみろ、そうしたら信じるから。」というご質問を受けることがあります。神は見えません。どのようなありがたい御神体であっても、どのような名工の作品であっても、それは神ではありません。神がご自身の御姿をお示しになるため、人間にはとうてい考えられない方法で、聖霊によって処女より生まれたのです。肉体によって誕生したなら、どのような賢人でさえも、人間であり神ではありません。

「インマヌエル」・・・神が私たちとともにおられる恵み(その二)。
この恵みの事実は「神の側から私たちに和解の手を差し伸べてくださっている。」ということです。「神と和解?なぜ和解しなければならないの?」という声が聞こえて来ます。恐れ、不安、心配ごとの無い人はいないと思います。これらの根本原因は、まことの神に背いているところから始まると聖書は教えています。神に背き、不安や恐れや争いの中にある人間の諸問題を解決するため、まず神の側から、神のなさり方で、始めてくださったのです。神が粗末な家畜小屋で人として生まれ、最後には私たちすべての犠牲となり十字架に架けられ、和解の道を開いてくださったのです。

「インマヌエル」・・・神が私たちとともにおられる恵み(その三)。
イエス・キリストの母マリアの婚約者であったヨセフにとって、「マリアの処女懐胎の事実」は信じがたいことであり、恐れと不安の中にありました。しかしヨセフは、「インマヌエル」の意味を理解した時、それらを乗り越えてマリアを受け入れ、ともに歩むことができたのです。

どのようなご質問でも、メールやお電話でお待ちしております。神の愛の御手が差し伸べられているのがクリスマスです。神との和解、祝福のクリスマスでありますようお祈りしています。

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