2024年5月

神が存在するなら、なぜ災害や戦争が起きるのか?

「弁神論」とか「神義論」という言葉があります。世界における諸悪の存在が全能な神の善性と矛盾するものでないことを明らかにしようとする議論のことです。

聖書にニコデモという人物がでてきます。彼はユダヤ人の指導者であり、最高議会の議員でした。イエスの奇跡を目の当たりにして、真理を求める心からイエスに会いに行きます。ニコデモはパリサイ人という当時のエリートで、更にその中の指導者でした。年齢も重ね、経験や知識も豊富だったと思われます。イエス様が何か素晴らしいことを知っておられると感じつつも、同僚のパリサイ人たちには歓迎されていなかったため、人目を恐れて、夜に訪問したようです。

“この人が、夜、イエスのもとに来て言った。「先生。私たちは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神がともにおられなければ、あなたがなさっているこのようなしるしは、だれも行うことができません。」”
ヨハネの福音書 3章 2節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

これに対してイエス様は以下のように答えられました。

“イエスは答えられた。「まことに、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」”
ヨハネの福音書 3章 3節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

イエス様は、この世にあって、あの部分・この面の解決策を提示したのではなく、人間社会に起こるすべての問題の根本問題を指摘されました。社会を良くするために律法措置がなされ、憲法のもとで法律ができ、条例が制定されます。このように、どれほどの法律が制定されたでしょうか。しかし世の中はよくなりません。なぜでしょうか。それは運用する人間にあるからです。どのような法律、組織、制度を定めても、それを用い生活するのは、一人ひとりの人間なのです。ですから一人の人が新しく生まれ変わることなくして、平和な、争いのない、不正や闘争のない世界は望めないのです。生まれ変わる。そのようなことが可能なのでしょうか。にわかには信じがたいことです。ニコデモにも理解し、信じるには時間が必要であったようですが、信じ、イエス様の十字架のもとにやってきました。

“以前、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬と沈香を混ぜ合わせたものを、百リトラほど持ってやって来た。”
ヨハネの福音書 19章 39節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

聖書は修正・加筆されることなく、長い歴史をもっています。不可能なことは語っていません。是非とも聖書に向き合ってみてください。

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暑さ加わる時ですから、お体には気をつけてください。感謝し祈りつつ。

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