




花の盛りも過ぎ、初夏の気配が漂う季節となりました。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。ゴールデンウィークの最中、孤独を感じておられる方もおられると思います。孤独を感じているということ、それ自体は悪いことではありません。しかし、その孤独の捉え方、対処の仕方を誤ると、的外れな道に誘われる危険を孕んでいるのです。人間は誰しも孤独を感じる存在で、何か自分だけの特別なことではありません。聖書の中でも孤独を覚えた人物が多く登場することは、実に興味深いです。
「なんでだろう~♪」「なんでだろう~♪」というフレーズで2003年の流行語にもなった『テツandトモ』というお笑いコンビをご存じでしょうか。孤独の中において、「なんでだろう~♪」という意識は大切です。人生の中で起こるすべての出来事に無駄は一つもありません。自分の中に湧き上がる「なんでだろう~♪」を大事にしてください。
勇猛果敢な武将ヨシュアも、難攻不落の砦を前にして孤独に陥りました。その時ヨシュアは大きな課題を前にして、なんでだろうと神に祈りました。孤独から逃げるのではなく、なんでだろうと一人神の前に立つ時、答えが与えられたのです。
“ヨシュアがエリコにいたとき、目を上げて見ると、一人の人が抜き身の剣を手に持って彼の前方に立っていた。ヨシュアは彼のところへ歩み寄って言った。「あなたは私たちの味方ですか、それとも敵ですか。」
彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」ヨシュアは顔を地に付けて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をこのしもべに告げられるのですか。」
主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足の履き物を脱げ。あなたの立っている所は聖なる場所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。”
ヨシュア記 5章 13〜15節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
ありのままの自分を神に訴える時、神は必ず答えをくださいます。自分一人ではなく、「主の軍の将」が共にいてくださいます。生きて働かれる神、私たちを愛される神が共にいてくださることが分かります。このことが、人間のすべての理解を超えて体験として与えられた時、孤独は解消され、神との交わりの中に生きることができるのです。
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