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クリスマス、正月を迎えようとするのに
なぜこんなことが私に・・・・
とあまりの理不尽に思い悩み周りの華やかさに心沈んでおられる方はありませんか。どこにこの悲しみを不条理の現実を持ってゆけばいいのか。慰めるものは・・・
こんなお話を聞いたことがあります。大切な最愛の夫を不慮の事故で亡くした方のもとに多くの関係者が駆け付けました。奥様に慰めのことば、なぐさめの贈り物を手渡し帰ってゆきました。後日に奥様は「あのとき本当に慰められたのは、汚れた作業着のまま、一言も話さないで主人のまえでボロボロと涙を流し無言で静かに変えられたあの方のお姿に慰められました」と語られたとのことです。なにを持っても悲しみのなか、苦難の中におられる方に慰めの言葉などないことを知らされたことです。聖書は
マタイの福音書5章4節に記されています。この聖書の言葉に多くの人は、「悲しむ人が幸いとは、ありえない」と聖書を閉じてしまう人の多いことです。しかしそのあとに続く「その人たちは慰められる」と記されていることに目を留めてください。悲しみと不条理の事実の前で静かに考えて欲しいのです。
※慰められる!その慰めはどこにあるのか。
否定できない苦しみ、悲しみの現実の根本原因はどこにあるのか。ドクターが様々な機器を用い体内を調べるように聖書のみ言葉の光の前に立ってみてください。(悲しむ当人にはあまりにも惨いようですが)
※全ての人間の苦しみ、悲しみの根本原因は天地万物の創造者である神に背き自分中心の生活をしているところにあるのです。これは一般社会の生活スタイルであることは事実、あたりまえ、ですから根本原因がここに潜んでいることに気付きにくいのです。
※私たちを悲しませ、苦しませている根本原因を「自分の中にあることを」聖書を学び見出してください。そのとき「本当の慰め」を見出すことができますから。
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